こんにちは
今日は1月11日金曜日です。今年2回目の投稿。相変わらず遅い更新ですみません。
今日のタイトル
「思ったら実行」
今朝、バスの中で読んでいた本にあった章のタイトルです。
・思うだけではもちろん意味がない。
・反省して反省して終わっていては実行していないのと同じ。
・才能は生まれ持ったものではなく、訓練したかしないかで、誰にでも可能性がある
才能教育者?でバイオリンを教えていらした
鈴木慎一(1898−1998)
と言う人が書いた
「愛に生きる」(講談社現代新書)と言う本です。
私がこの本を手にしたのは、
子供の教材の営業の人が送ってきたからなのです。
年末に、
どうですか?英語楽しんでやっていらっしゃいますか?
いいえ〜〜
そんな時間ありません〜〜
わたし
ずっと愚痴っていたようです・・・
その日、その時起こっている我が家の惨状をその人に訴えていました。
そしたら、この本が贈られてきたのです。
せっかく送ってもらったので読んでみました。
この本の印象的な話は
忍者の修行法
「あさ(麻)の種子をまいて育て、その上を毎日飛び越えること」
『あさは、毎日が生長が速い。しかし、毎日これをみているひとには、その生長度がわからない。けれども、あさは休みなく、刻々に生長している。
このあさの上を休みなく毎日飛び越えていれば、あさの生長にきづかないまま、あさとともに、自分の跳躍能力はひごとに伸びていく』
毎日続けることに意味がある。
怠け者が毎日練習して 高くなったあさを飛んだ人をみて、あの人はすごい能力の持ち主だ、自分には到底無理と考えるのはおろかなことだと。
そこだけをみるのではなく、そうなった過程がある。
誰でも言葉をしゃべれて、右手がスムーズに動くのは毎日の訓練の賜物。左手が動かないのはそれだけ自分が使っていないから、ただそれだけのこと。と。。
たとえばピアノを5年やっています。
という。その5年毎日3時間練習したのか毎日5分なのかは大きすぎる違いなのだと言うこともかいてあった。
この人はバイオリンを通して幼児教育に関わり
誰にでも同じように才能を身につけさせることができると説いている。
我が家のような能力のない親からするとありがたい話。
しかし、幼児の才能は日々の訓練で身につくということ
その訓練はどこでするのかというと
家庭
なのだ。先生だけでなく、やはり開花する子というのは
親
の接し方にうまさがあるのではないかと思う。
毎日3時間の練習を喜んでする子供たち。
毎日習い事をやめたくて仕方がないわが子たち。
ここには私の今までの接し方にきっと失敗があったのだなって思う。
反省を反省でおわらせ
失敗に失敗の毎日の子供との関わり。
今は・・今日はきっとうまくいく気がしています。
今日は剣道です
行くと楽しいのです。
でも一番楽しいことではないんだろうな、きっと。
今日も楽しかった。
この積み重ねが子供たちの力になっていくだと言うことを確信しました。
4年生になれば野球部に入りたいし剣道はどうなっちゃうのかな
私自身がそんなことを思いながらやらせているのだから
子供たちも迷って当然。
3月までがんばってとにかくやる気なるように声を掛けてみようと思っている。
好きになったら辞められなくなるんじゃないかなー?あまいかな・・・
そんなことを考えながら帰りのバスに乗りました。
今日のタイトルに
「思い立ったら実行」
を選らんだのは、今朝のバスを降りてから私自身が元気になったからです。
誰にでも才能の可能性はあって、行動をするかしないかだとすれば
行動するしかないじゃないですか!
この私でさえね!(^^)!
少なくとも、最近のわたしは「実行」していると思えたから、それでよかったんだと思えたのもうれしかったのだと思います。
この人のいうようにはできないし、私自身何の才能もないけれど、とにかく行動することには意味がある。それは間違いとかだれにどう思われるかではなく、私が「思ったから」「行動」するのだということを特に強調したいと思います!!
それでは、今日はこの辺で。。